JKT48のオタクになってみた -coba menjadi fans JKT48

JKT48とそのファンを研究対象にしたら自分もミイラになったでござる

握手会に行ってみた

日本国内での48系グループ、というより「AKB」のイメージの1つに握手会がある。
CDを買うと握手会に参加できて、その握手会商法でCDをしこたま売っている、音楽を何だと思っているのか!けしからん!という煽りも手伝って、握手会のイメージはどんどん先行していき、アイドルに興味のない層でも握手会という言葉を聞けば、なんとなく想像がつくようになっていると思われる。
おかげで、「アイドル」「イスラーム」「インドネシア」というキーワードを土台に握手会の是非を検討するという流れは、ごく自然に受け入れられた。

そこで初の調査出張は、HandShake festivalという名の握手会、これを目当てにすることになった。
私は学内外で「JKT48でも握手会があり、年に3〜4回しか開催されないため、これに合わせて国内外から多くのファンが集まる」と説明してまわっていた。
この理由が現実と合致しているかどうかはともかく、このそれらしい理由が筆者の握手会参加を正当化してくれていると信じている。

実際、会場は「多くのファン」で溢れていた。
複数人のファンから聞いた話では、前回の握手会よりも混雑しているという肌感覚があるようだ。
握手会会場は劇場外のコンベンションセンターのような場所で、毎回固定ではないらしい。
それぞれの会場の機能やキャパシティーを考慮すると、その時々で混雑状況の目安は少しずつ違いがあるだろう。
また来場者数などの数字による検討は、インドネシアでは正確なところを期待できない、ということだ。
しかし、筆者の数少ない握手券すら使い切るのが危ういほど、各握手列は長く伸びていたし、午後にもなると会場内を歩くのもスムーズでなくなって来たので、「多くのファンが集ま」っていたと断言していいと思う。

握手会の運営方法や形式のごく大まかな部分は国内のそれに準ずる、と思う。
というのも筆者にとって、実に初めての48握手会参加で、乃木坂ちゃんには数回行った、国内との比較、検討は殆どできない。
コンベンションセンターのようなところで、広い場所に1人1人のメンバーと握手をする握手レーンが設けられ、その握手時間を管理するスタッフがいる、そして握手会に伴ってライブなどのステージパフォーマンスも行われる、というようなことは国内外共通の要素ではないかと思う。

ちなみに公式に提示されているルールが今回から変わり、より国内と同様の形式に近づいたということである。
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ちなみにJKT48においてはステージパフォーマンスや、イベントブースの撮影は可。
イベントブースは国内で言う夏祭りなどのイメージが近いだろうか。
メンバーが屋台やブースに登場し、比較的自由に接触を楽しむことができる。

今回の調査において、そもそも握手会はムスリムにとって大きな問題とならないのか、というクエスチョンが前提とされた。
これは研究の根幹となる部分であり、深い言及は避けるが、とにかく言えることは日本と全く同じように握手会が開催され、同じようにファンが参加しているということである。

握手レーンから出てくるオタクのなんとも言えない表情。
半笑いで、メンバーとのコミュニケーションを引きずって、一瞬どこか遠くを見ている。
この表情は、数秒ないし1分弱で会話を完結せねばならず、恐らくそれに即座に対応できない人間の脳がそうさせてるという部分も多分にあるだろうが、凡そ握手会楽しい!ってことだろう。

握手している仲間に野次を飛ばすオタク、メンバーもそれに少し反応しながら目の前のオタクにフレンドリーな眼差しを向けて会話を続ける。

メンバーにわざと冷たい態度をとって、少し拗ねたような顔をさせるオタク。でも0.3秒後には次のファンに笑顔を向けるメンバー。

どれも筆者がこれまで日本で参加してきた数々の握手会で目にしてきたのと同じ光景だった。
自分自身も日本での握手会と変わらずに楽しんだし、いつもと同じようにレーンを出る時に何かにぶつかったり、あらぬ方向に向かって進んでしまったりしてバツの悪い思いをした。

ムスリムであることから握手自体を辞退して、メンバーと話すことなどを楽しむファンもいるということだが、直接その様子を見ることはなかった。
逆に両手を握り合って飛び跳ねるメンバーとオタクを見ながら、「左手に触れてはいけません」という勧告が霞んでいくのを感じた(勿論この場この状況この場面に限って)。

今後、研究上は丁寧な検証を行っていくこととなるが、今回得た感触が成果につながることを期待する。
観察という大義名分を心に掲げつつ、自分がとにかくオタクを見るのが好きだということを痛感する現場だった。