JKT48のオタクになってみた -coba menjadi fans JKT48

JKT48とそのファンを研究対象にしたら自分もミイラになったでござる

インドネシアに行ってみた

先月、5月16日の握手会(HandShake)を主として前後2、3日の1週間弱、単身インドネシアジャカルタを訪れた。
東南アジアへの渡航経験はフィリピン・マニラの1回、1人での海外往復は3度目だろうか。
かなりの不安を覚えつつ、ここまでの参与で知り合った日本のファンの方々にアドバイスと薦めを受けて無事、目的地に辿り着いた。

誤解を恐れずに言えば、当初インドネシア渡航にポジティブなイメージはなかった。
東南アジア出張の多い女性の友人が「インドネシアに行くかも知れない」と話している時、それは危険だ、心配だというように相づちを打つ友人達を見て以来、インドネシアというのは危険な地域なのだと認識していたのだ。
当時既にインドネシアについて関心はあったものの、情報の少なさから明確なイメージはなかった。
しかし、危険、を意識してからインドネシアについてインターネットを見ると確かにネガティブな経験談が多く引っかかってきた。
何というか、情報を得る時には自分の想定内の回答を求めやすいものだ。

結局、ジャカルタ行きを決めてからは勿論ポジティブな情報を得る努力をしたこともあり、駐在員の方々のブログを中心に、より具体的な「今」の「ジャカルタ」を思い描くことが出来た。

到着したそこはイメージにさほど遠くない、アジアの新興国だった。
ただ、私は深夜に空港に着いて、タクシーでfxモール内のホテルに行き、1週間ほとんどモールを出ることなく過ごしたので、インドネシアの、ジャカルタの、何を見たのかと言われるとそれまでである。

でも、数少ない脱fxの思い出はどれも鮮烈だ。

目的地を知らずに着いていったブロックMのコリアンレストラン(豚もビールもユッケもあった)、モールの対岸にある国際交流基金ジャカルタ日本文化センター(歩道橋を渡って15分ほど歩いて行った)、未だに何処だったのか分かっていない握手会の会場(車で20〜30分くらいだったかやっと市内を見た)、せっかくだからと訪れたリッツカールトンのレストラン(英語に溢れる空間が新鮮だったしオタクじゃない日本人に初めて出会った)。

現場以外ではJKT48のJの字も感じられず、でもJKTよりも人気があるというコリアンポップスの影も特になく、テレビのオネエタレントに感心するくらいで、インドネシアポップカルチャーを肌で感じるには至らなかった。
インドネシアに限らず、その地域の流行のファッションや人気の音楽、番組、タレントなどと言うのは、観光のレベルでは到底認識することはできないのでこれは仕方ない。

今回の訪尼は、文字通り「インドネシアに行ってみた」という程度。
とにかくJKT48現場を体感して、多くのヲタ友と話して、フェニちゃんにガッついて、それで充分だった。
この新鮮な目線を保ちながら、次回の訪問でより成果を得られるように準備をしておきたい。